加藤典洋氏 最後の著作『9条入門 戦後再発見双書8』

日本国憲法第9条は、戦争の放棄を規定し、戦後日本の国家的な理念の出発点になったとずっと信じられてきた。しかし、日米安保条約と米軍基地、そして自衛隊の戦力増強、集団的自衛権の行使を可能とする憲法改正の動き。

・こうした9条をめぐる理念と現実の矛盾を抱えながら、護憲と改憲の対立は今も続く。著者は『敗戦後論』で米国の影響ではなく、日本国民による自主的な憲法のやり直しを提案し、護憲を標榜する左派、リベラルの人々から総スカンを食った。それから30年、加藤氏の遺作となった本書によって、みごとにねじれを解きほぐし、本来日本がめざすべき「戦争放棄」の論理構造を歴史の真実に沿って私たちに示す。

・戦後日本の絶対支配者GHQのマッカーサー総司令官が、次期大統領選に出馬する政治的な成果として描き出した「東洋のスイス」という日本国家像。スムーズな占領統治のため「天皇の戦争責任」回避と、自衛権も認めない「特別な戦争放棄」を推し進めるため、それは必要な措置だった。

・しかし、朝鮮戦争によって冷戦時代が到来し、マッカーサーの構想は崩れ、日本は反共の防波堤として軍備を保持する。そして国土は永久的な米軍基地の配置が可能となった。

・加藤氏は、一足飛びに国連の安全保障体制に組み込まれた「絶対的な戦争放棄」という2階建ての理想論に行くのでは無く、敗戦の原点に立ち返り、1階の「普通の戦争放棄」から議論を始めることを提案する。米国を中心とした集団的自衛権(軍事同盟)ではなく、戦後を終わらせるためには米軍基地に撤去が重要と考えている。

・契約的基盤をベースにした「相互主義」を戦後日本の平和主義の全面に掲げ、どの国とも戦争を手段とする争いはしない。紛争は国連の安全保障体制の枠組みで解決する。しかし、現状は国連軍の行動が安全保障理事国の都合(5つの常任理事国の拒否権)で、支障が出る状況にある以上、当面は自国の軍隊を保持しつつ、自衛的な行使のみ軍事力を認める。つまり、第2次世界大戦で日本がアジアや太平洋で行使した軍事的な侵略は、経済や文化の脅威(新植民地主義的な侵略)を含めて放棄することを内外に示す。そのための平和憲法の選び直しを行い、内外での二重構造、政治社会的な矛盾を払拭する。それによって戦後が終わり、戦争の犠牲者への追悼も可能になる。加藤氏の勇気ある提起は、大きな摩擦を生みながらも、平和憲法下にある日本社会に矛盾を感じる国民に、気軽かつ普通に常識を考え直し、失敗の戦後史をやり直す契機を与えた。

・加藤氏は、2019年5月16日、肺炎のため71歳で逝去した。本書で予告されていた戦後史の詳しい歴史は書かれずに終わってしまった。 残念でならない。瀬尾育生氏の追悼文(現代詩手帖2019年8月号)によると、白血病を発症し、最後の半年、詩を書いていた。「考えるのと書くのとが同時」という加藤氏の方法は、いつかそうなってみたいと思い、これからも残された作品を読み続けるのだろう。

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加藤氏最後の著作?