2023年で一番のお気に入り小説は何だったか?

『ラウリ・クースクを探して』宮内悠介 著者は最初に言う「ラウリ・クースクは何もなさなかった」。ソ連が解体し、ロシアになる過程で周辺諸国にはどんなことが起こったのか。エストニアに生まれた無名の主人公が辿る過酷な運命が淡々と描かれ、現代史のもつ…

新しいSAPPOROの風景

札幌冬季オリンピックの再来の夢は断たれたが、再開発の波はSAPPOROを大きく変えつつあり、新しい風景がそこここに見られる。 まず面白いと思ったのは、昔ながらのアーケードのある商店街「狸小路」に現れた「空き地」という場所だ。再開発を途中で投げ出し…

2023小説・人文ベスト3

2023年は本格的にコロナ禍が明け、何もかにもぱっと暗雲が開かれると思いきや、ウイルスの変異は止むことがなく、インフルエンザが蔓延する。円高が急激に進み、消費は低迷しながらも株価だけは高いという経済が続いた。小説・人文の世界も過渡期、転形期を…

2022小説・人文ベスト3

今から思い返すと、コロナ明け1年前の2022年は、最悪だった。好きな本は読めず、必要な資料ばかり読み込み、それを入力しては、つなぎ合わせる日々が続いた。貧しい読書がさらに細く疲弊させた。とはいえ、遅ればせながら、振り返りなければならない。 【小…

さよなら 4プラ

札幌市都心部で大通り地区を代表するファッションビル、4丁目プラザ、通称4プラが2022年1月、半世紀の歴史に幕を閉じた。 4プラができた1970年、冬季オリンピックを前に札幌市は地下鉄など大規模なインフラ整備、再開発が進み、街並みはどんどん変わる真っ…

2021小説・人文ベスト3

貧しい読書の中からあえて2021を振り返ると、小説はなぜか高村薫さんの社会派ミステリにのめりこんだ。『マークスの山』『リビエラを撃て』『レディジョーカー』『神の火』『冷血』『照柿』といった作品を読み、あるいは再読し、その重厚な世界構築に打ちの…

加藤典洋氏 最後の著作『9条入門 戦後再発見双書8』

・日本国憲法第9条は、戦争の放棄を規定し、戦後日本の国家的な理念の出発点になったとずっと信じられてきた。しかし、日米安保条約と米軍基地、そして自衛隊の戦力増強、集団的自衛権の行使を可能とする憲法改正の動き。 ・こうした9条をめぐる理念と現実…

2018 スペシャル・イッシュー・ブック

2018年の一番特別な本は、12年間にわたり描き継がれ、『1969〜1972レッド最終章』によって3部作13冊が完結した『レッド』。連合赤軍事件をモデルにした創作マンガだが、ほとんどが事実に基づき、作者の思いつきによるフィクションは極力廃するといったストイ…

2018年 今年読んだ人文系ベスト3

貧しい読書リストから選んだ候補はこれです。読んだ順ですが、年の初め頃読んだ本は正直言って内容を忘れています。1『ゲンロン0 観光客の哲学』東浩紀 2『対談 戦後・文学・現在』加藤典洋 3『あのころのパラオをさがして 日本統治下の南洋を生きた人々…

2018 今年読んだ小説ベスト3

小説は起伏が激しく、年によって読まない。2018年がそれ。びっくりするほど読んでいない。買っても読まない本も多い。どうしてか?【候補】 1『死の谷を行く』桐野夏生 2『シミュラクラ[新訳版](ハヤカワ文庫)』P.K.ディック/山田和子訳 3『オールド…

加藤典洋氏の近著「敗者の想像力」「もうすぐやってくる尊皇攘夷思想のために」「対談 戦後・文学・現在」

ポスト戦後の歴史的転換に独自の視点を提示し、福島原発事故の後の世界を構想する加藤典洋氏の近著を読んだ。『敗者の想像力』(集英社新書) 1945年の敗戦をもって日本は敗者の仲間に入った。いつまでも終わらない戦後に決別するために「敗者の想像力」を徹…

2017 今年読んだ人文系のベスト3

人文系と言ってもほとんどノンフィクションの類しか読んでいない。それはそれで面白くてタメになったと思うが、ちょっと情けない感じもしてくる。今年こそはもう少し硬派の本を読んで「教養」を身につけようと思う。60歳を過ぎたら「教養」しか頼りになるも…

2017 今年読んだ小説ベスト3

遅まきながら2017年のことを思い出しています。2017年は、「失われた世代」の女王、ガートルード・スタインを3冊読んだ。また、格闘技など独自の世界を拓く増田俊也の小説、ノンフィクションも3冊読んだので、これも読まずにはいられない気持ちにさせた。つ…

広告批評再び、そしてサヨナラ

物置となっている昔の書斎を整理していたら、天野祐吉と島森路子が出していた『月刊広告批評』が大量に出てきた。ついつい年代別に並べると、バブルまっただ中の1989年から終刊する2009年まで約20年分があった。 「ああ困った。これを何とかしないとまたその…

2016 今年読んだ人文系のベスト3

人文系の方は、ちょっと手応えがある読書ができたな(?)。全部新書じゃなかったし、それなりに刺激を受けた。 1. たまきはる 神蔵美子(リトル・モア) 写真家の著者が、夫の末井昭の協力もと12年かけてまとめたフォトエッセイ。「たまきはる」は命にかか…

2016 今年読んだ小説ベスト3

2016年、今年読んだ小説のベスト3は、前年よりさらに貧弱な感じで、なんかなぁ。さらに恥ずかしい。全部短編集で、全部文庫本になった。 1.女のいない男たち 村上春樹(文春文庫) 禍福は不倫妻に先立たれた俳優、木樽は恋人を捨てて外国に逃げた男、そし…

加藤典洋著『日の沈む国から 政治・社会論集』を読んで

震災後、著者は精力的かつ真摯に新しい社会状況に立ち向かい、常識を打ち破る論考を世に問うてきた。その関心は、広く世界へ、現代思想のニューウェーブまで捉えて、なおも増殖を続け、次のテーマに目を遠く投げかけているようだ。 正直言ってこの辺で、読む…

加藤典洋氏の『戦後入門』と『村上春樹は、むずかしい』

自らの永年のテーマに区切りをつけるため、批評家・加藤典洋氏は、2015年、問題意識のエッセンスを新書で広く読者にわかりやすく語った。一つは『敗戦後論』から続いた戦後を終わらせるための議論、その最終的な具体策として国連主義、反核平和を強化するた…

原発労働を描いた3冊を読む

原子力発電所内の労働、原発労働を描いた本を通じて考えさせられた。原発労働というと高線量に悩まされる、福島第一原発の廃炉に向けた作業に注目が集まるが、原発が動く限り日常的な定期点検(定検)は今後ずっと続く。その実態は電力会社の「隠蔽体質」も…

2015 今年読んだ小説ベスト3

2015年、今年読んだ小説のベスト3は、それほど読んでいないのに無理に選んだら、ちょっと恥ずかしい(図書館から借りた本も動員)。もっと小説を読まないとダメだよね。1 霧(ウラル) 桜木紫乃 昭和30年代から40年代、国境の町・根室を舞台に海の向こうの…

en-taxi 休刊までの13年、46冊を想う

創刊号と休刊号 ずっと読んでいた雑誌がなくなるのはちょっと寂しい。扶桑社の季刊文芸誌(最近は不定期だったが)『en-taxi』がこの11月で13年、46冊の軌跡を残して休刊した。2003〜2015年、1〜46号の総目次が文庫付録で見ることができる。 2003年3月の創刊…

2015 今年読んだ人文系3冊

久々にブログを書きます。2015年、今年読んだ人文系のベスト3は、全部新書になってしまった。1 生きて帰ってきた男(岩波新書)小熊英二 父親の戦争および戦後の体験を聞き書きしたオーラルヒストリー。過酷なシベリア抑留から「生きて帰ってきた男」が語る…

東京 水と森の風景

東京は意外に海が近い。隅田川という運河を下ると、たくさんの橋を渡って築地市場が見え、浜離宮に着いた。 東京には緑が意外と多い。世界貿易センタービルの上からみると、庭園や公園、それから皇居など深い森も点在する。 水と森。それを結ぶ空。東京はオ…

サブカルチャー好きの戦後史 なかなか楽しめるけど… 中心と周辺の変化 サブカル=オタク文化はリアルか

久々に書きます。今年初めての日記です。 一つはサブカルチャーについて、昨年は考えさせられました。言うまでもなく、宮沢章夫が2014年8月1日から毎週金曜日午後11時から10回放送されたNHK Eテレ『ニッポン戦後サブカルチャー史』を見て、その後に番組に基…

『ルポ アトピー患者がつどう温泉 豊富温泉という福音』門脇啓二著(三五館)

・アトピー性皮膚炎や乾癬など重症患者たちから「救い」「聖地」と呼ばれる温泉が北海道の北の果てにある。長く北海道でフリーライター経験を持つ著者でさえ驚いた「知る人ぞ知る」豊富温泉。そこになぜ人がつどうのかを丹念に探ったルポ。 ・読むとアトピー…

加藤典洋『人類が永遠に続くのではないとしたら』と先行する3冊の本 〜東日本大震災・福島原発事故から遠くに投げられた思考のゆくえ〜

○『人類が永遠に続くのではないとしたら』加藤典洋(新潮社) 3.11後の世界をどう考え、どう生きるべきか。福島原発事故の衝撃と時代の変化に真摯に対決する評論。難解とされる著者が3年かかって蓄積した思考を遠くに向かって放り投げた。 その一部だけでも4…

白土三平『カムイ伝』と田中優子『カムイ伝講義』

現在、法政大学の総長を務める田中優子の『カムイ伝講義』が文庫で出た。単行本の時に評判が良かったのを思い出し、この機会に、読んで見ようと書店で買った。しかし、肝心の白土三平の『カムイ伝』は読んだことがあるのかと問うてみるに、連載していた『ガ…

ハンナ・アーレント

ハンナ・アーレントは最近、彼女を主人公にした映画の公開でたいへん話題となり、再び読み直す人も多いと聞く。アーレントは、言うまでもなく『全体主義の起源』の著者で、20世紀を代表する政治哲学者。その思考はハイデッカーの愛弟子として大陸哲学の系譜…

変わった映画 南部軍・ウィズネイルと僕

札幌駅北口の蠍座で『南部軍』という映画を見た。サブタイトルに「愛と幻想のパルチザン」とある。韓国映画きっての社会派と呼ばれるチョン・ジヨンが監督した1990年の韓国映画、157分という長尺。朝鮮戦争前後に韓国南部でパルチザン闘争を展開した伝説の南…

札幌駅北口周辺 広場と地下とお店

商業的な付加価値がないため、空間の美しさが一層引き立つものが確かにある。例えば、札幌駅北口の地下歩行空間がそれ。収容台数230台の駐車場を囲む広い通路は、昼間でも夜間でも人通りは少なく、人工的につくられた巨大な空間を構成している。多様な顔を持…