2023年で一番のお気に入り小説は何だったか?

『ラウリ・クースクを探して』宮内悠介

 

 

 著者は最初に言う「ラウリ・クースクは何もなさなかった」。ソ連が解体し、ロシアになる過程で周辺諸国にはどんなことが起こったのか。エストニアに生まれた無名の主人公が辿る過酷な運命が淡々と描かれ、現代史のもつ悲劇が浮かび上がる。2023年の最高傑作とも言ってよい作品で、直木賞候補になった。 ラウルはコンピュータのプログラミングに優れた才能を発揮し、ゲームソフトなどで賞賛を浴びる。ロシア人の友人とともに切磋琢磨しながら夢を追い求めたが、ソ連崩壊によって道を断たれる。

 彼とイヴァン、そしてカーチャ。イヴァンは一色覚の障害を抱え、血の日曜日の影響でロシアに帰り記者となった。独立派のカーチャはソ連派との衝突で大けがを負い車椅子のデザイナーとなった。ソ連への忠誠を称える「チェキ スト」アーロンは自裁する。 ラ    ウルも大混乱の中、コンピュータを辞める。周辺国の独立が落ち着くとともに、プログラム教育の仕事につき、居場所を見つけるが「歴史に翻弄された一人の中年の親父」として日々を過ごす。ラウルの生涯を書きたいというライターの導きによって、三人は再会し尽きない話を交わすうちに物語は閉じる。ここにリアリティのすべてが凝縮され、月並みに言えば、読者は余韻に浸る。

 最初に季刊『小説トリッパー』2023年夏季号で一挙300枚が掲載され、一気に読むことができた。この文芸誌は今村夏子『むらさきのスカートの女』のように、時たま傑作が一挙掲載されるため、見逃せない。最初の出会いは、阿部和重の傑作『シンセミア』が当初の「アサヒグラフ」から「小説トリッパー」に連載場所が移ったあたりだと思う。アサヒグラフの掲載分は確かインターネットからダウンロード可能で、ずっと楽しみにしていた。もちろん単行本でも夢中になって読んだ記憶がある。当時の阿部は最高にぶっ飛んでおり、渋谷系とか関係なく、現代日本文学最高の書き手であったと思う。

 2023年8月30日朝日新聞出版、四六判・236ページ、定価1,760円(税込)。

新しいSAPPOROの風景

 札幌冬季オリンピックの再来の夢は断たれたが、再開発の波はSAPPOROを大きく変えつつあり、新しい風景がそこここに見られる。

 まず面白いと思ったのは、昔ながらのアーケードのある商店街「狸小路」に現れた「空き地」という場所だ。再開発を途中で投げ出し、塩漬けの土地をただ囲い込んであるとも言えるが、入り口の看板に驚く。ユーモアを感じると同時に中に入るのをちょっとはばかられる。そんな場所で暇をつぶしていると、なんとなくヘンな目で見られるのでは…。しかしそれは杞憂で、誰も気になんかしていない。中に入ると、そこはゆったりとした空間で、お休みどころ、飲み物なども提供される。昼間から夜間までいくらでも居られるのだろう。

 再開発ビルの建設もどんどん進み、地下街、地下鉄と直結した場所も増えた。単なる通路ではない、たむろしたり、待ち合わせしたりする場所にもなっている。

 次は2023年にオープンしたスペースでは最も若者を集めている「KOKONO SUSUKINO」だ。ショッピング、ムービー、飲食、デートスポット、ホテルという複合的機能が集積され、これでもかこれでもかと若者の心をくすぐる。もはや東北以北最大の歓楽街「ススキノ」はおじさん(大人)の場所ではなく、若者(カップル)が幅をきかせる場所に生まれ変わりつつある。

 そしてあちこちに目に付くのは、自販機の数々だ。すでにすっかり札幌駅に定着したサンドイッチの自販機には、いつも腹を空かせた人々が群がっている。それは利便性を求める実需者か面白半分で買っていくツーリストか不明である。

2023小説・人文ベスト3

 2023年は本格的にコロナ禍が明け、何もかにもぱっと暗雲が開かれると思いきや、ウイルスの変異は止むことがなく、インフルエンザが蔓延する。円高が急激に進み、消費は低迷しながらも株価だけは高いという経済が続いた。小説・人文の世界も過渡期、転形期を迎えている。

 

【小説ベスト3】

①『ハンチバック』市川沙央(文藝春秋

 先天性の遺伝子疾患ミオチュブラー・ミオパチーによる重度の障害をもつ作家が放つ強烈な異議申し立て。溢れ出る言葉の爆発はタブーなしで語るホンネの社会批評であり、風俗批評となっている。

 自身が主人公であるような井沢彩華=アカウント紗花=バンドルネームBuddhatとして風俗ライターとして小遣いを稼ぎ、すべて寄付している。両親が残した資産が億単位であるが、子供を「妊娠して堕ろしたい」と健常な女の子の背中を頭の中で追っている。著者は14歳で人工呼吸器を付けられ、以来「涅槃」で生きてきた。障害者による自己表出であり、開かれた穴にフタはできない。

 この小説を読んで、驚いたのは著者のボキャブラリーの豊かさである。例えば、取材をしないで書くコタツ記事、助成対象のセックスワーカーであるセラピー、障害者のリプロダクティブ・ヘルツ&ライツ(性や身体の自己決定権)とか、もちろん表題の「ハンチバック=せむし」と、小説読んで勉強になった。

 もう一つは、健常者の読書好きの紙の本への執着が、筋力を失い、体の不自由を抱える人たちには出版業界の「健常者優位主義」でしかないこと。もっと電子出版を普及させなければならない。

 2023/09/01、『文藝春秋』2023年9月特別号掲載、A5・36ページ、1200円(定価)。

 

 

②『特捜部Q 檻の中の女』ユッシ・エーズラ・オールスン/吉田奈保子(早川書房

 デンマークが生んだ世界的ヒットミステリ。警察小説シリーズとしても有名で、何作かは映画化もされた。

 この「檻の中の女」は特捜部Qの第1作で、同僚が犠牲になった事件の後遺症で左遷されたカール・マーク警部補がシリア人の変人アサドを助手に、迷宮入り事件ばかり追う特捜部Qを任させる。

 最初にひっかかった事件が5年前にフェリーから失踪、溺死したとみられた有力女性議員ミレーデの探索だった。苦労の末、当時の杜撰な捜査が明らかになり、寝たきりになった元同僚のハーディーの助けも借りて2人は真相に迫っていく。減圧室に5年も閉じ込められ、瀕死のミレーデに行き着くシーンは圧巻で、次回作への期待も募っていく。

 本シリーズは9編が発表され、世界40カ国で2,400万部以上が売れたという。映画化も5作とまさに「ミレニアム」とともに北欧ミステリブームの主軸を担った。

 本作は映画第1作の原作として、最もよく知られる作品で、子供時代に出会った同じ交通事故の犠牲者が犯人となって、美しい女性に成長した相手方の娘を襲い、残忍な手口で監禁し、殺そうとする。その憎しみの深さに絶望する。

 全体に冷たい社会の空気が作品を覆い、病んだ心や暴力にやり切れない気持ちにさせるが、一縷の救いも描いて次の事件に特捜部Qが向かう動機を与える。

 2011/06/15、ハヤカワポケットミステリーブック、461ページ、2,090円(定価)。

 

③『密漁海域 1991年根室中間線』亀野仁(宝島社)

 日ロ中間ラインが海を隔てる根室海峡を舞台に繰り広げられるバイオレンスアクションと銘打ったミステリ小説。テロリスト化した過激な環境保護グループが漁師や密漁者を襲って殺すといった荒唐無稽な筋書きだが、海上保安部や越境操業を繰り返す特攻船、密漁者、ロシアマフィアさらにヤクザの絡みなどいわゆる暗部がリアルに描かれている。しかし、あくまでも漁業の日常的世界から外れたアウトローの生き方であり、主人公の美咲も海上保安官時代に不幸な銃撃事故を起こしたとは言え、特攻船に乗り込み、派手なガンアクションで敵を倒すという設定にはいささか無理があるだろう。

 事件の背景にある漁業の実態などをよく取材しており、事実関係に大きく間違いはないが、所詮、事象を評価する目は一般マスコミに相当に毒されており、あまり感心するような価値観はない。

 1991年はソ連が崩壊し、新生ロシアによって極東の漁業秩序は大きく変化し、いわゆるレポ船や特攻船などの暗躍に代わるロシアからの直接的なカニ、ウニなどの「密輸」によって道東は活性化する。30年後、根室に戻った美咲は、憎き「海魔」の正体を曝き、命を落とした多くの仲間の霊を慰め、自らの負い目に区切りをつける。

 2022/12/20、宝島社文庫・328ページ、770円(定価)。

 

【人文ベスト3】

①『日本人が移民だったころ』寺尾紗穂河出書房新社

 シンガーソングタイラーで文筆家の著者が『南洋と私』『あのころのパラオをさがして』に続く、戦前南洋に渡った日本人(移民)を追跡するルポの三冊目。戦時中、大きな犠牲を払いながら植民地から命辛々故郷に引き揚げてきた彼らの戦後は決して明るく豊かなものではなかった。開拓と同様の辛酸をなめ、あるいはさらに別天地を求めて南米、パラグアイに再び移民した人々の体験を聞き書きし、見落としがちな庶民の戦後史として浮かび上がらせた。

 著者はフィールドワークに優れた社会、歴史の研究者としていくつかの書籍を上梓し、成果を世に問うてきた。まさに戦後日本は高度経済成長で、日の出の勢いだったが、外地から引き揚げ者に決し優しい社会ではなかった。戦前はもちろん戦後になっても移民を奨励する政策を続けたが、彼らの苦労を十分フォローしてきたわけではない。パラグアイに移民した人々の証言にもそれが如実に表れている。

 翻って現在、日本社会は外国人労働者に正当な権利を与えているとは言えず、もちろん日本への移民を奨励はしていない。著者が明らかにした事実を知れば、外国人排訴の声はいかに日本人の歴史と矛盾するかがわかるだろう。

 2023/07/30、四六判・196ページ、1980円(定価)。

 

②『公営競技史 競馬・競輪・オートレース・ボートレース』古林英一

 地方自治体が胴元となって行うギャンプルを「公営競技」と言い、財政を支える貴重な財源として日本の戦後に独自の発展を遂げた。その知られざる内幕を地域経済との関わりで研究してきた経済学者がわかりやすく、かつ歴史的な軌跡を一冊にまとめた。

 帯にも派手に記されている通り、バブル経済が崩壊後、長い低迷期を経て公営競技はV字回復し、7兆5千億という巨大市場を形成している。「世界に類をみない独自のギャンブル産業はいかに生まれ、存続してきたのか」。まさに一大歴史絵巻がここに世に現れる。

 競馬、競輪、オートレースは背後に産業があり、特に競走馬となる軽種馬生産は生産組合による農業の一分野として農林水産省が管轄している。しかし、ボートレースは日本財団日本船舶振興会)の創始者笹川良一の手によって生まれ、最も成功した公営競技となった。その秘密がどこになったのか。著者はモラルによる潜入感ではなく、冷静な経済分析よって明らかにした。

 もう一つ、公営競技の隆盛は、ICT技術を積極的に活用した投票券のネット販売が支えいることを何度も強調している。これによって時間、空間を超えた広がりを見せた公営競技はどう展開していくか。とても楽しみに思えた。

 2023/08/10、角川新書・316ページ、1100円(定価)。

 

③『史的システムとしての資本主義』ウォーラーステイン/川北稔(岩波書店

 壮大な「世界システム論」で歴史を読み解き、資本主義をひとつのシステムとして分析、その成り立ち、盛衰、そして未来への展望を示す。

 社会システムである資本主義は様々な矛盾を抱えながら、流転し、いずれ自ら変貌を遂げ、新たな史的システムに転身するという。封建制から資本制に代わった時、貴族階級がブルジョア化した。そしてブルジョアは労働者と対立しながら、社会的発展の主導的役割を担い、異なるシステムへの移行に向かう。

 マルクス主義的な歴史観、分析ツールをもとに、社会の移ろいを客観的に捉えるが、プロレタリア階級がブルジョア階級を倒し、政治的ヘゲモニーを握ることで資本主義を終焉に導く。つまり社会変革=革命論からは変化を見ない。

 「中核と周辺」などの概念を使い、資本主義を実存として捉える。あるがままの歴史をモデルに当てはめる手法を排し、モデルに固執することなく、モデルの柔軟なかつ現実的な構築を試みる。史的システムとして資本主義をみることで、硬直的な歴史観から解き放たれる。

 2022/07/15、岩波文庫、269ページ、900円(定価)。

2022小説・人文ベスト3

 今から思い返すと、コロナ明け1年前の2022年は、最悪だった。好きな本は読めず、必要な資料ばかり読み込み、それを入力しては、つなぎ合わせる日々が続いた。貧しい読書がさらに細く疲弊させた。とはいえ、遅ればせながら、振り返りなければならない。

 

【小説ベスト3】

①『小隊』砂川文次

 自衛隊を辞めたあと自転車で首都を駆け巡り、商品を運ぶメッセンジャーを主人公にした『ブラックボックス』で芥川賞を受賞した著者は、自衛隊で攻撃用ヘリのパイロットをしていたことが話題になっていたが、いぜんから自衛隊経験を生かした小説を書いていた、デビュー作から表題作まで3作品が発表の逆順に並んでいる。なんと言っても表題作の北海道に侵攻してきたロシア軍と、迎え撃つ自衛隊とのリアルな戦闘シーンの描写がすごい。テンポが速く、次々に知らない軍事用語が飛び交い、実戦未経験の一般大学出、幹部候補生上がりの主人公の見た物、聞いた物、身体感覚、独白が戦闘の現場に連れ出す。そのリアリティーは病みつきになること請け合いだ。ロシアによるウクライナ侵略で一層の緊迫感が増している戦争の実態、捨て駒にされる兵隊、何もかも放り投げてちりぢりに敗走する姿が惨めすぎる。最後の生き残った主人公の感覚が胸を打つ。

 2022年5月10日文藝春秋刊、文庫・289ページ・定価836円。

 

②『東京四次元紀行』小田島隆

  著者は2022年6月24日、65歳で逝去した。コラムニストとして活躍し、日本唯一の存在とされた。しかし、本書は小説であってコラムではない。
 32の小説には題名と都内の区名がリンクされ、不思議な男女の話で東京をまさに踏破している。一つひとつはまさに短編であり、短いストーリーとしゃれた会話によってすいすい進んで行くように見えてドボンと深みに溺れる。たぶんこの短編集は音楽に翻訳されれば、ブルースの音色が響くのだろう。

  笑うには悲しすぎて、泣くにはおかしすぎる。男女の間にしか生まれない音楽で、最初の2小節は繰り返しといったブルースの不文律が漂う。

  味わい深いとか、読者を立ち止まらせるもの。突き動かされる情動が確かにある。主人公はおよそ煮え切らない人物で、思ったことが言えないで、周囲に流される。だが、生きている日本人の半分はたぶんそのような人物であり、決してそれがダメではなく、人生が続いていくだけなのだ。それを教えくれる。

2022年6月5日イースト・プレス、四六判・301ページ、定価1,650円。

 

③『大菩薩峠』(全巻)中里介山

 中里介山が1913年〜1941年まで都新聞をはじめ、複数の新聞に書きつないだ世界に誇る巨編小説だが、未完のままとなった。

 第1 巻の甲源一刀流の巻から第41巻の椰子林の巻まで、「音なしの構え」の机竜之介を主人公にした剣豪小説とも、幕末の日本を舞台にした思想小説とも、あるいは理想郷建設の物語、もちろん個性的な人物が大暴れする娯楽小説とも読める。

 日本中を放浪するロードムービーのような要素もあり、ピカレスクロマン、あるいはニヒリズム色が強い無頼小説の様相も呈し、多様性のカオス、話し言葉と書き言葉の坩堝のような文体がダラダラと流れていく実験小説の輝きも秘めている。

 読むのに足かけ10年もかかってしまった。Kindleで読んだので、ページをめくったり、巻を変えたりする必要がなく、寝しなの子守歌になった。

 前半の机龍之介のニヒルな立ち振る舞いに惹かれたが、後半は話が拡散し、登場人物も多く、小説自体が冗長過ぎて集中を切らし中断した。

 無数に登場し、勝手に動き回る人物の中で、最も印象的なのは、顔にやけどの跡が残ったため、いつも御高祖頭巾を被り、傍若無人に振る舞い「暴女王」とされるお銀様だ。彼女は性格がねじ曲がった人物として登場するが、竜之介とも絡み、さらに理想郷をつくる取り組みに湯水のように財産を投ずる。蕩尽と言っても良い散財の様子が痛快かつ強く印象に残る。

 Kindle2014年1月1日改版8,176ページ・定価200円。筑摩文庫1996年9月17日発行、20巻セット定価18,143円(税込)。

 

【人文ベスト3】

①『写真とは記憶である』森山大道(別冊太陽)

 路上でスナップショットを撮り、革新的な世界を切り開いてきた伝説の写真家の人生とエポックとなる仕事をクロニクルにたどる決定版(平凡社のコピー)。森山と交流があり、何度もインタビューしている写真評論家の大竹昭子が「路上からヒトの歴史を透視する」という110ページにのぼる評伝を書いており、結節点になった主要な作品が挿入されている。14ページにわたる「無言劇」パントマイムも収録され、森山を知る人々の証言、書誌や年譜など良くできているムック。

 なぜいま森山大道なのか?2019年にハッセルブラッド国債写真賞を受賞し、世界の頂点に立ったからだ。

 『記録』という私家版の写真集を1972年から出し続け、中断を挟んで2022年の最新号で50号を数えるというから驚きだ。まさに路上のスナップ写真で記憶を重ねる森山が長きにわたる仕事の上に、84歳になった今もスナップを撮り続けていることに唸らざるを得ない。

 森山は北海道にも縁が深く、大竹の評伝によると、父の影響で憧れをもち、何度も撮影に訪れ、1978年には3カ月ほど札幌に滞在した。『北海道』という写真集の出版やまた企画展も開かれ、近年では北海道教育大学で講義もしていた。その森山と札幌駅ですれ違ったことがあり、学園都市線で「あいの里教育大前」まで講義のために通っていたのだろう。

 2022年5月25日平凡社(別冊太陽)、A4・208ページ、定価3,080円(税込)。

 

②『平成史-昨日の世界のすべて』与那覇

 米国歴史学者のフクシマが「歴史の終わり」と言い、ハンチントンが「文明の衝突」と述べた対象がなくなり、ポスト・トゥルースやフェイク・ニュースが横行する時代。歴史修正が止めどもなくタレ流され、もはや通史は不可能になったのが平成史で、そこでは従来の歴史は失われたことを、500ページを超える大著で書き切った労作。

 なにせ昭和から平成にかけての政治経済はもちろん、主要な知識人の主張、サブカルの果てまで、当時の社会意識を動かしたであろう現象を広角に捉え、可能な限り精緻に記述した点は大いに敬服し、感動さえ覚える。

 昭和から平成を画する知識人が取り上げられているが、何と言っても2019年5月に急逝した批評家・加藤典洋にスポットを当て、平成史を締めくくっている点が注目された。彼は2011年の3.11以来、戦後のグランド・ゼロからはるか遠くに向かって思想の問いかけを行い、憲法改正をはじめ、それが国民の声として帰ってくる前に亡くなったことは非常に残念だった。

 真っ青の澄み切った空のもと、濃霧に包まれ、先が見えない平成。それは新型コロナウイルス感染症によって一層混迷を深めつつあるが、歴史と対話しない限り決してそこからは抜け出せない。

 2021年8月10日文藝春秋社、四六判・552ページ、定価2,100円。

 

③『ねじとねじ回し この千年で最高の発明をめぐる物語』W.リプチンスキ/春日井晶子

 この千年で最大の発明は何かという読み物の執筆を受けた著者が中世から近世、近代と画期的な技術、道具を探求する。その答えが「ねじ」であり、私たちの日常にありふれたモノこそ人類の叡智が込められているという著者の哲学が貫かれている。

 最後に出てくるギリシャアルキメデスが「ねじの父」であり、発見した時に叫んだのがあの「ユーレカ!ユーレカ!」だったというのはちょっと出来すぎの感もあるが、芸術家でもあった哲学者が職人として表現したのがねじという作品だった。物語の締めとしてすとんと腹に落ちる。発明=芸術という人間の優れた営みがそこにはあった。

 もともと旋盤工の作家である小関智弘の解説を読みたくて手に取った本。最初に小関の文章を読んだ。「才気ほとばしる発明家の心は、たしかに詩的である」という著者の一節を引いて町工場の天才的な職人を引き合いに出すところはさすがだと感じた。西洋の天才的な職人の物語がぐっと日本の町工場のリアルな物づくりの現場に鮮やかに甦る。ねじ切りができることが一人前の職人の証しだった。中国の工場でもそれが生きていた。まさに小関の話はこの物語が脈々と職人に受け継がれてきた証左なのだと納得させられた。

 2010年5月25日早川書房、文庫・201ページ、定価660円。

 

 

 

 

さよなら 4プラ

札幌市都心部で大通り地区を代表するファッションビル、4丁目プラザ、通称4プラが2022年1月、半世紀の歴史に幕を閉じた。

4プラができた1970年、冬季オリンピックを前に札幌市は地下鉄など大規模なインフラ整備、再開発が進み、街並みはどんどん変わる真っ最中だった。若者ファッションの発信源として4プラは、ティーンネージャーたちがおしゃれを楽しむ登竜門となった。1975年に開店した札幌PARCOが20代のお姉さんファッションだとしたら、4プラはその妹分みたいな存在。隣接する丸井今井三越などのデパートは高級感はあるものの、大人の女、オバさん的な感じで、10代から20代の若い女性にとって敷居が高い。

 PARCOがブランド志向ならば、4プラには自由市場があり、ごちゃごちゃ、かわいい雑貨やファッションが玩具箱をひっくり返したような面白さがあった。アンルイスのブランド「原宿エイエイオー」とか、道内発のアパレルメーカー「発信グループ」なんかも元気だった。

その拠点もブランド直営店や世界のカジュアルブランドなどの進出に負けて、発信力を失い、若者のファッションも多様化し、購買行動はネットへと主戦場を移していった。特に新型コロナ感染症の感染拡大で実店舗は軒並み、客足が落ち、バーチャル店舗に押し捲られたのだと思う。ギャップやユニクロの大量生産アパレルはカジュアル市場を席巻し、若者もその例外ではないだろう。若者向けの個性的なファッションを発信している場所がどこなのか、今はさっぱりわからない。

たくさんの思い出と共に、さよなら4プラ。

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2021小説・人文ベスト3

貧しい読書の中からあえて2021を振り返ると、小説はなぜか高村薫さんの社会派ミステリにのめりこんだ。『マークスの山』『リビエラを撃て』『レディジョーカー』『神の火』『冷血』『照柿』といった作品を読み、あるいは再読し、その重厚な世界構築に打ちのめされ、どっぷりと浸かった。

人文の方では、やはり2018年に亡くなった加藤典洋さんの遺作というか、死後に発表された批評、歴史、エッセイなどに動かされ続けている。未読のものも含め、全作品を鳥瞰しながら、今のこと、加藤さんならコロナに対しどんなことを言うのか、みたいな問題を考えたいと思った1年だったが、追いついていない。

 

【小説ベスト3】

①『バルタザールの遍歴』佐藤亜紀(角川文庫)

小説(伝奇)文庫・324p定価1012円

 今や物語文学の世界で巨匠とも言える著者のデビュー作で、様々な経緯があって新潮社→文藝春秋KADOKAWAと版元を変えながら待望の復刊となった。主人公はウィーンのハプスブルク家につながる貴族で、メルヒオールとバルタザールという二つの人格を一つの肉体で生きる人物。若者=放蕩貴族の遍歴は、物語世界において普遍的なテーマであり、日本でも貴種流離の物語は多い。しかし、いわゆる二重人格(解離性同一性障害)の主人公を病として否定、あるいはホラー化することなく冒険させ、しかも体外離脱までさせた所に面白さがある。もちろん、作者得意の博覧強記によってナチスが台頭しつつあるウィーンの上流社会、周辺に広がる辺境の様子が緻密に描き込まれている点は感心させられる。

 著者の本には、絶版され入手不可能となるものが多い。特に本作や2作目の『戦争の法』、そして盗作問題が絡んだ3作目の『鏡の影』などは、新潮社との関係で、不幸な運命をたどった。しかし、様々なルートで再刊、復刊がなされ、電子出版が普及したおかげで、ほとんどの作品は読むことができる。しかも古本における絶版プレミアムもなく、廉価でいつでも買える。出版社と著者、そして紙の本と電子書籍を考える上でも佐藤氏の初期作品群はとても大きな意味をもつ。

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②『三体 死神永生』〔上下巻〕劉慈欣著/大森望、光吉さくら、ワン・チャイ、泊功訳(早川書房)小説(SF)四六判・430p(上)445p(下)定価各2090円

 世界で2900万部以上、国内で47万部を売るなど大ブームを巻き起こした中国SF小説の第三部完結編だ。地球を侵略しようとする「三体文明」に対し、地球では「面壁計画」「階梯計画」などで対抗しようとするが、いずれも失敗。主人公の程心(チェン・シン)は若き航空宇宙エンジニアで、面壁者の羅輯から「執剣者」として最終判断を任されるが、決断を誤り、三体文明から送り込まれたロボットの「智子」に屈服する。しかし、「三体文明」はもう一つの異星人から母星を消滅させられる攻撃を受け、あっけなく地球から撤退する。

 第3部は、一貫として流れる物理的な宇宙の成り立ちの謎を解くというテーマに加え、次元や時間への問いが大きく取り上げられている。特に時間を超える光速航行が可能な宇宙船の開発によって、主人公たちは、時間の枠組み、過去や現在から解き放たれ、別の「小宇宙」にたどり着く。恋人の残してくれた「小宇宙」で程心と秘書は過ごすが、やがて「大宇宙」の危機を知らせるメッセージに従って戻り、生活を一から始める。途方もない構想で描かれたスペー ス・オデッセイは、彦星と織姫のようなロマンスを秘めつつ、幸福な別世界から危機的な現実世界に戻る「往還」という物語の王道をめぐる。

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③『冷血』(上、下巻)高村薫著(新潮文庫

小説(翻訳)文庫475p(上)440p(下)定価781円(上)710円(下)

 警視庁捜査1課合田刑事シリーズ。「サンデー毎日」連載時は「新冷血」だった。もちろん同名のカポーティによるノンフィクション小説を意識したものに違いない。重厚さ、ディテール、犯人の側に立った意識の流れなど、共通する部分もあるが、違う面も大きい。強盗に入った歯科医一家4人を殺害した2人組は金に困っていたわけでもないのに、空き巣に入ったつもりが残念な手口で皆殺しを犯してしまう。犯行はすべて認め、どちらにも相手への罪のなすり合いはない。犯人とその周辺に警察によるものすごいボリュームの聞き取り、調書が積み重ねられるが、そこに「動機」は判明しない。

 まさに社会の病理とか、時代の悪さとか切り捨てられがちな犯人に、合田警部は警察の限界を十分認識した上で向かい合おうとする。「利根川図誌」などの地誌や映画「パリ、テキサス」「トーク・トゥ・ハー」が犯人とのわずかな人間性の通路として切なく流れる。

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【人文ベスト3】

①『細野晴臣と彼らの時代』門間雄介著(文藝春秋

伝記(音楽家)四六判・511p定価2420円

 60年代〜70年代は「はっぴいえんど」、1980年代は「YMO」で活躍し、その後も歌謡曲から映画音楽、エスニック、ルーツ音楽などワールドワイドな音楽活動を続ける細野晴臣。アマチュア時代から50年にわたる軌跡を本人および周辺の重要人物からのインタビュー、膨大な資料渉猟によって描いた。

 日本のロックが自立に向かった始動していく過程が事実と証言で紡ぎ出された。主人公の「細野さん」と彼の音楽仲間の青春物語でもあり、歴史的な価値をもつ評伝となった。残念なのは、やはり「細野さん」が73歳であるように、音楽仲間の高齢となり、鬼籍に入った人も多く、独自のインタビューが不可能となったことだろう。特に著者も指摘しているように、盟友であり、日本のポップスの両極に位置した大瀧詠一が2013年12月に逝去した。そして「細野さん」のトロピカル三部作などチャンキー音楽に欠かせないキーボディストの佐藤博氏も2012年10月にこの世を去った。彼らによる証言が失われたのはなんとも惜しい。しかし、それを補って余りある著者の探究心がナルホドと思わせる交友の真実に迫る。

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②『戦後民主主義 現代日本を創った思想と文化』山本昭宏著(中公新書

歴史(近現代史)新書・332p定価1012円

 戦後民主主義と言えば、風化と形骸化で死語となりつつあり、終わった戦後とともに同時に単なる民主主義と同義語になる運命にある。本書は、「戦後民主主義の精神が今ほど求められている時代はない」との認識から、その概念を「平和主義」「直接民主主義」「平等主義」の3要素に分け、変容を通時的に跡づけた。政治経済だけでなく、文化に注目し社会意識の変化にも焦点を当てている。主要文献や関連年表など、丹念な調査研究が伺われ、歴史のエアポケットが無いよう目が行き届いて点も評価できる。

 戦後史で取り上げるべき多彩で多様なキイパーソンをしっかりとりあげ、彼らが何を主張したのか、コンパクトにまとめている。筆者も高く評価する小熊英二の労作『〈民主〉と〈愛国〉』『1968』とは異なる意味で労作だろう。「終わった」戦後民主主義に民主革命(封建主義から資本主義への社会変革)の実現を見て戦った人々がいたことを思い出すために必要な教養がここにある。

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③『オレの東大物語 1966-1972』加藤典洋著(集英社

エッセイ四六判・253p定価1760円

 2019年5月16日、71歳で他界した批評家がまさに東大紛争真っ只中の青春時代を回想し、自らの思考のルーツに迫った。病床にあってわずか2週間で書かれた、まさに裸の自分をさらけ出した最後の1冊だ。加藤いわく「東大はクソだ」から始まり「オレもクソだった」の発見で終わる。

 この回顧は、軽い調子のものから「パンドラの箱」を明けることとなり、東大文学部の「無期限スト」を解除していくための転向の思想にたどり着く。呪縛が解け、ようやく批評家は旅立った。この本の軽やかさ、青春の輝きがなければ、強靱な加藤の思想の秘密に向かい合うことができなかった。

 あとがきで瀬尾育生が問う。加藤が生きていたらいま何を言うだろう。『敗戦後論』で200以上の批判をあびながら、持論をまげなかった加藤。そして9.11に直面して「有限性」、さらに現代の保守化に対し「尊皇攘夷」論、憲法第9条の論理と再生を提唱した。やはりこれまで体験し得なかった危機に対し、加藤に考えを聞いて見たいと思うのは良く知る読者として正直な気持ちだろう。しかし、加藤は2年前に鬼籍に入り、我々は嫌が応にもなく、大海に放り出され波間に漂流している。まさに思想の根拠が問われる時、彼の勇気の源泉はどこにあったのか本書が教えてくれる

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加藤典洋氏 最後の著作『9条入門 戦後再発見双書8』

日本国憲法第9条は、戦争の放棄を規定し、戦後日本の国家的な理念の出発点になったとずっと信じられてきた。しかし、日米安保条約と米軍基地、そして自衛隊の戦力増強、集団的自衛権の行使を可能とする憲法改正の動き。

・こうした9条をめぐる理念と現実の矛盾を抱えながら、護憲と改憲の対立は今も続く。著者は『敗戦後論』で米国の影響ではなく、日本国民による自主的な憲法のやり直しを提案し、護憲を標榜する左派、リベラルの人々から総スカンを食った。それから30年、加藤氏の遺作となった本書によって、みごとにねじれを解きほぐし、本来日本がめざすべき「戦争放棄」の論理構造を歴史の真実に沿って私たちに示す。

・戦後日本の絶対支配者GHQのマッカーサー総司令官が、次期大統領選に出馬する政治的な成果として描き出した「東洋のスイス」という日本国家像。スムーズな占領統治のため「天皇の戦争責任」回避と、自衛権も認めない「特別な戦争放棄」を推し進めるため、それは必要な措置だった。

・しかし、朝鮮戦争によって冷戦時代が到来し、マッカーサーの構想は崩れ、日本は反共の防波堤として軍備を保持する。そして国土は永久的な米軍基地の配置が可能となった。

・加藤氏は、一足飛びに国連の安全保障体制に組み込まれた「絶対的な戦争放棄」という2階建ての理想論に行くのでは無く、敗戦の原点に立ち返り、1階の「普通の戦争放棄」から議論を始めることを提案する。米国を中心とした集団的自衛権(軍事同盟)ではなく、戦後を終わらせるためには米軍基地に撤去が重要と考えている。

・契約的基盤をベースにした「相互主義」を戦後日本の平和主義の全面に掲げ、どの国とも戦争を手段とする争いはしない。紛争は国連の安全保障体制の枠組みで解決する。しかし、現状は国連軍の行動が安全保障理事国の都合(5つの常任理事国の拒否権)で、支障が出る状況にある以上、当面は自国の軍隊を保持しつつ、自衛的な行使のみ軍事力を認める。つまり、第2次世界大戦で日本がアジアや太平洋で行使した軍事的な侵略は、経済や文化の脅威(新植民地主義的な侵略)を含めて放棄することを内外に示す。そのための平和憲法の選び直しを行い、内外での二重構造、政治社会的な矛盾を払拭する。それによって戦後が終わり、戦争の犠牲者への追悼も可能になる。加藤氏の勇気ある提起は、大きな摩擦を生みながらも、平和憲法下にある日本社会に矛盾を感じる国民に、気軽かつ普通に常識を考え直し、失敗の戦後史をやり直す契機を与えた。

・加藤氏は、2019年5月16日、肺炎のため71歳で逝去した。本書で予告されていた戦後史の詳しい歴史は書かれずに終わってしまった。 残念でならない。瀬尾育生氏の追悼文(現代詩手帖2019年8月号)によると、白血病を発症し、最後の半年、詩を書いていた。「考えるのと書くのとが同時」という加藤氏の方法は、いつかそうなってみたいと思い、これからも残された作品を読み続けるのだろう。

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加藤氏最後の著作?