2018 スペシャル・イッシュー・ブック


 2018年の一番特別な本は、12年間にわたり描き継がれ、『1969〜1972レッド最終章』によって3部作13冊が完結した『レッド』。連合赤軍事件をモデルにした創作マンガだが、ほとんどが事実に基づき、作者の思いつきによるフィクションは極力廃するといったストイックな手法が採られている。自らエロ漫画家を名乗る山本直樹の畢生の大作完成に敬意を表するとともに、今も社会的な影響が続く連合赤軍事件を改めて考え、受け止める契機となった。

『レッド三部作(1〜13巻)』山本直樹講談社
第1巻は2007年9月21日、最終章は2018年8月23日発行。

 12年にわたり一時中断をはさみ『イブニング』に連載され、3部作全13巻の大作として完結した。15人の若者の命が失われた連合赤軍事件を忠実に漫画化した作品として注目され、2010年に第14回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞している。
 1969年〜1972年、銃による革命をめざす若者たちの青春群像。学生運動を起源とする革命の帰結としての連合赤軍事件。総括による「処刑」に象徴される暴力と狂気。その全貌を描こうとした野心作であり、風化してしまった革命の時代への弔辞である。
 連合赤軍事件は、「浅間山荘」のおける10日間の銃撃戦と赤軍兵士たちの証言によって衝撃の事実が明らかにされ、戦後日本の反体制運動への価値観をひっくり返した。
 おぞましい記憶として多くに日本人から消し去られ、戦後史の影に封印された。それをあえて事実、証言に基づく歴史としてエロ漫画家、山本直樹を蘇らせ、いまを生きる人々にさらけ出した。そこには「事実を無視した創作」はない(元赤軍兵士・植垣康博)。
 浮ついた日本への冷水なのか、あの時代への郷愁なのか。いずれも舌足らずだが、事実を直視する重さを再び読者に投げかける。
 『ユリイカ』2018年9月臨時増刊「総特集=山本直樹」(—『BLUE』『ありがとう』『ビリーバーズ』『レッド』から『分校の人たち』まで—)には、3つのレッド論が書かれている。そして3つのインタビュー、対談が組まれ、本人が作品を語っている。
 山本は、動機を連合赤軍事件が面白かったから、これはマンガにすれば受けると思ったというような、話をしている。描きたかったのは、総括、リンチ、山越えで、第2部が終わったら、銃撃戦のアクションばかりなので、閉口したような感想をもらす。
 レッド論の方は、マンガ評論家、社会学者らが、カルトから連赤への作者の関心の変化や、組織と人間論や、一般的な社会運動論のような観点からアプローチしている。マンガ評論家の紙屋高雪は「極度の異常な暴力と支配に対する人間的な抗議を描く真摯さ」、ら社会学者の富永京子は「日本社会にトラウマとして残る政治行動を、解釈可能な形で論じた唯一無二の漫画作品」、同じく学者の足立加勇は「怪物的Mは虚構内存在であることを放棄し、過去に実在していた団体に己を仮託することによって群体的リヴァイアサンへ変身した」と評している。
 その中で、登場人物から「大義」が語られないこと、山の中での逃げ場がない密室での「総括」の異様さが語られている。作者は、殺し合った彼らを「おかしい人」、頭の狂った人種と語り、もっとも関心がそそられるとしている。
・そうした言葉を額面通り受け取るわけにはいかない。15人にナンバリングをほどこし、時折カウントダウンまでして、強く死の刻印を押された死者たち。政治活動と並行し、ゆっくり進む日常生活を描いた作者の視点。彼らにもエロスはあり、欲望から隔絶された存在ではない。
 そんな場所では「大義」は意味をなさないのか?それが捨象された、このマンガの「ノンフィクション性」に少しばかり不満を感じた。そして彼らは山で訓練ばかりでなく、学習もしていたはずで、一体何を読んで、どんな討論をしていたのかも、知りたくなった。