原発労働を描いた3冊を読む

 原子力発電所内の労働、原発労働を描いた本を通じて考えさせられた。原発労働というと高線量に悩まされる、福島第一原発廃炉に向けた作業に注目が集まるが、原発が動く限り日常的な定期点検(定検)は今後ずっと続く。その実態は電力会社の「隠蔽体質」もあって、実際に中に入ってみないとわからないことが多い。
 被曝が伴う原発労働をテーマにした3タイプの本を読んだ。ひとつは、3.11後の福島原発の現場で得た体験をマンガ化し、3冊にまとめた『いちえふ』。次に3.11後に復刊された先駆的な記録『原発労働記』(『原発ジプシー』を加筆修正)。そして1980年から3.11までの空白の30年間を埋める証言を集めた『原発労働者』。
 原発労働のとらえ方は三者三様で、『いちえふ』は現状を肯定し、『原発労働記』は事実にこだわり、『原発労働者』は底辺労働への義憤をバネに書かれている。一番わかりやすかったのは『いちえふ』で、作者の価値観とは別に捨てがたい。しかし、著者が「人(原発労働者)を踏んづけて(電気を使い)生きる」ことへの自己否定と無関心に対する怒りで体を震わせる『原発労働者』に読者を動かす力を感じた。原発労働の多重請負と労働者をピンハネする構造が変わらないことは共通しており、現場での差別、労働者の「使い捨て」は社会問題として解決されなければならないだろう。

1.『いちえふ 福島第一原子力発電所労働記1〜3』竜田一人(講談社・モーニングKC)
☆プロフィール マンガ B6 176〜192ページ 定価626円(本体580) 2014年4月23日〜2015年10月23日発行

 福島第一原子力発電所を現場の人たちは「1F」(いちえふ)を呼ぶ。2012年と2014年に実際に1F内で作業員として働いた作者が自身で見聞き、体験した現実を描いた漫画作品。内外のマスコミから大きな反響を呼び、外から伺い知れない1Fの廃炉に向けた作業の実態(の一端)を広く認知させた。
 作者自体は、一般マスコミの論調に批判的であり、1Fの現実とかけ離れた憶測を否定している。大震災・原発事故からの復興に役に立ちたいという気持ちを動機に、実際に1Fに働いている人々の生の声を漫画で代弁する。
 こういうルポのような実録物は、どうしても現場に潜入し、実態を暴くという先入観を持ちがちだが、作者はいたってフラットな姿勢を続ける。もちろん、より放射線の高い現場に進んで入ろうとするのは、漫画を書くための取材と不可分のモチーフには違いない。
 仮名を使い、マスコミにも個人を特定させなかった作者は、東電に目をつけられ、排除されるのではと不安な気持ちで1Fに舞い戻るが、それも杞憂に終わる。2014年夏には原子炉建屋という最前線に足を踏み入れる。そこで垣間見られる高放射線との戦いはこの漫画のハイライトであろう。そして作者や仲間達の明るさ、智恵と勇気が、何十年かかるかわからない廃炉への読者の鬱憤を少し晴らしてくれる気がするのである。
 売れない漫画家だった作者は、1Fで働いたあと、体験をもとにしたルポ漫画「いちえふ〜福島第一原発案内記」を描き、出版社に持ち込んだ。編集者の目にとまり、漫画新人賞をとる。講談社の『モーニング』に掲載され、注目をあびる。それから本格連載が始まり、『モーニング』に2013年10月〜2015年10月まで不定期で掲載された。海外メディアの取材が多く、すでにスペイン、フランスなどで販売が決まっているという。
 一部の人々からすれば、現場は復興に向かって改善されていると語る作者は批判の対象かもしれない。時折出てくる持論もうざったいと感じる人もいるだろう。しかし、とにかくユニークな存在であり、一般マスコミが入れない最前線を見せてくれる貴重な漫画でもあるので、どんな現実に直面しても書き続けてほしいと思う。

2.『原発労働記』堀江邦夫(講談社文庫)
☆プロフィール ノンフィクション 文庫 366ページ 定価700円(本体648) 2011年5月13日発行(単行本1979年1月現代書館発行)

 1970年代末期に原発労働の実態を体験として記した先駆的なルポルタージュ。『原発ジプシー』からの加筆修正版として27年ぶりに講談社文庫から発行された。そのきっかけはもちろん2011年3月11日に発生した東日本大震災津波による東電福島第一原発事故だ。
 オリジナルの『原発ジプシー』も現代書館が増補改訂版として32年ぶりに復刻されている。その違いについて著者は「やや似て非なる作品」と書き、労働者たちの詳細や心情を削除したことを断っている。それに対し、現代書館は完全収録の上、加筆修正したと強調している。
 福島の事故があってから原発そのものへの関心が高まり、原発内での労働にもその目が行くようになった。堀江氏は1978〜1979年に美浜、福島第一、敦賀原発で下請け労働者として働き、知られざる過酷な体験を克明に記録した。
 それによって原発内の作業、定検(定期検査)は下請け労働者の日常的な被曝によって実施され、彼らは親方による労賃のピンハネに晒され、安全管理も決して万全ではないこと、さらに日本人よりもさらに労働条件が悪い外国人労働者が多数登用されているといった事実を明らかにした。
 この作品は『原発ジプシー』時代から知ってしたが、読む機会がなく、福島原発後に復刊された講談社文庫版を買っていたが、これまで読まなかった。ところが、竜田一人の『いちえふ』や寺尾紗穂の『原発労働者』に触れるうちに、やはり先駆的なルポとして読む必要を感じ、今回読み通した。
 30歳そこそこの著者が原発になぜ飛び込んだのかは、必ずしも明らかではない。そこから出た理由は「汚い現場」として有名だった敦賀原発で大量に被曝し、心身ともに疲れ果てたせいだという点はよくわかる。堀江氏がパイプのジャングル、全面マスク、薄暗く狭い場所で高い放射線にさらされながら、行った作業のシーンを読むと、それだけでこちらも気持ちが悪くなってきそうになった。

3.『原発労働者』寺尾紗穂講談社現代新書
☆プロフィール ノンフィクション 新書 208ページ 定価821円(本体760) 2015年6月20日発行

 福島第一原発の事故から5年目を迎え、原発に対する関心は急速に衰え、報道は汚染水の流出などに限られてきた。著者はそうした風潮とは別に、復旧・復興ではなく、日常的な原発労働に注目し現場で働く労働者にインタビューを重ね「わがこと」として感じ、考えようとする。
 樋口健二『闇に消される原発被爆者』(1981)に読んで触発された著者は、3.11まで原発の労働実態を詳しく伝える著作が30年間に出ていない事実に気づき、その「空白の30年」を埋める証言を集める。そこにはかつて以上に過酷な被曝の状況が現れてくる。
 この本の前に堀江邦夫『原発労働記』を読んでいたので、定検における日常的な被曝労働、下請け=ピンハネ、杜撰な安全管理、外国人労働者などの問題は一応頭に入っていたが、近年は電力自由化を契機に定検期間が短縮され、事故・怪我、点検漏れが増え、合理化によって人材を育てる環境が失われたという事実は初めて教えられた。
 そして著者は、低線量被曝(内部被曝)の危険と労働者に対する影響を幾度も取り上げ、労災の申請が少なく、認定もされない問題にもメスを入れている。     
 新たな驚きは、「燃料プールに潜る外国人の存在」である。これは一種の都市伝説のようなイメージもあるが、本書には複数の外国人労働者を目撃した証言が載っている。
 この半世紀変わらないのは「多重請負の上下構造」であり、賃金以外の放射線防護対策などでも東電やゼネコンと下請けでは露骨な差別が存在する。
 著者は原発労働の実態を知らないで、電気を使うのは「人を踏んづけて生きることだ」と断じ、その感覚は本書を世に送り出しても変わらないと語る。原発で働く人々が直面する被曝を「わがこと」として考え、関心を持ち、意思表示をしていくこと、つまり原発に対する選択を読者にも問いかける。
 著者はシンガーソングライターで、日雇い労働者との出会いをきっかけに、原発労働のような底辺の闇を探っていく。小さな3人の子供の母であり、その行動力は驚異的だ。聞き取りをまとめ、それをフォローする情報を付け加え、そして自らのモチベーションをはっきりと示し、そこに全体を収斂させていく腕前はなかなかみごとと感心した。