2016 今年読んだ人文系のベスト3

 人文系の方は、ちょっと手応えがある読書ができたな(?)。全部新書じゃなかったし、それなりに刺激を受けた。

1. たまきはる 神蔵美子(リトル・モア
 写真家の著者が、夫の末井昭の協力もと12年かけてまとめたフォトエッセイ。「たまきはる」は命にかかる枕詞で、突然の親友(デザイナーの野田凪)、父の死に遭遇した著者が聖書を読むことに一縷の光を求める心模様が綴られる。
 必ずしも時系列に沿って進んでいくものではない著者の心象を象徴する写真と文章は、混濁する意識の遊泳のように時にはかなく、時に妙にリアルに突き刺さる。イエスの方舟の千石剛賢、独立協会の牧師だった田中小実昌の父、障害者プロレスのがっちゃん、寺山修司、銀杏BOYSなど登場人物は、皆個性的で被写体としても魅力もいっぱい。
 著者の壊れかけた心が苦しみの中から再生していく物語であり、前作『たまもの』同様に心を揺さぶられる写真集。

2.100分de名著 レヴィ=ストロース『野性の思考』 中沢新一NHK出版)
 「野性の思考」は、レヴィ=ストロースが1962年に発表した著作。レヴィ=ストロースは1960年代に隆盛を迎える構造主義の父であり、マルクス主義実存主義とは異なる思想潮流の発酵を準備した。
 その根幹には「近代主義」の否定があり、未開社会が決して文化的、思想的に劣っているものではないというアンチテーゼを提起する。つまり、古代社会から続く近代以前の社会にあった「構造」は普遍的な本質であるとした。
 その名著を中沢新一がテレビ番組で解説し、そのエッセンスを展開したもの。冊子としてもよく出来ている。
 キーワードとして出てくる「ブリコラージュ」(日曜大工)は、中沢が特に強調する方法、考え方で、日本の職人技に通じる。そして「労働」の概念も苦しいものから解放し、つまり「プラクシス」から「ポイエーシス」に導くところに、「野性の思考」の真骨頂があるように感じた。

3.WWF黒書 世界自然保護基金の知られざる闇 W・ヒュースマン 鶴田由紀訳(緑風出版
 ドイツのドキュメント映像作家が世界で最も有名な自然保護団体であるWWF(世界自然保護基金)の影の部分、多国籍企業と手を結んで資金を集め数々の不透明な活動を行っている実態を現場で取材し明らかにした。寄付で運営し、資金の使い途がわからないエコロジー団体の闇を抉る問題作。
 テレビの取材過程で得た情報を一冊にまとめ、世に問うたが、ドイツでは出版差し止め、回収の訴訟を起こされ、一部修正を迫られた。日本版は英語版から重訳という形で上梓された曰く付きの内幕ものだ。
 読むもの全て目からウロコというか、驚くことばかりだが、例えばインドのトラなど大型野生生物を保護する取り組みは原住民が暮らしの糧を得る森からの追放、土地の収奪につながる矛盾。その背景には、WWF設立の原点にある欧州の貴族や富豪のハンティングを満足させる野望があったとは…。
 また、世界の養殖サケを支配するマリンハーベスト(ノルウェー)とオーナーをとりあげ、チリのフィヨルドの環境を悪化させる大規模養殖業の実態を暴く。同時にそれは「グリーン・エコノミー」戦略によって提携するWWFの「持続可能な生産」の名のもとにイメージ・アップに利用されている。
 とにかくこの手の団体にはからきし弱い日本のジャーナリズムには、強烈な反骨のパンチだ。