笑う男と総ナメの女

 近頃一人勝ちする現象がビジネスだけでなく、芸能界にも広がっているらしい。各賞総ナメの女優とか歌手とかよく耳にする。
 トシコもその一人で、その年の主演女優賞を総ナメにした年増の女が出ている映画を見ていた。全く共感できない生き方を感じて「うざったいヤツ」とつぶやいた。
 それっきり忘れていた女優の結婚を新聞の芸能欄で読んだ。「総ナメ」の文字が頭に入って反応した。
 ふん、ワタシだって別れた彼氏のカラダいつだって総ナメにしてたわよ。世の中総ナメにしたって愛してくれないオトコが多いんだから。映画で総ナメにしたぐらい何さ。ケッ。
 トシコの元カレは、チンチンが大きくフツーのセックスを求める彼女を悩ませた。でも大きいのはチンチンだけじゃなかった。手も足も大きかったが、それ以上に周囲を困らせたのは声だった。
 彼は異常に大声でよがり声をたてた。ラブホテルの壁がふるえランプが揺れた。トシコはたまらずヘッドフォンで耳をふさいだ。お気に入りのパフィーも音声が割れるほどで、セックスに集中できず全然イクことができなかった。
 終わった後、彼は大声で笑った。とても不愉快になって殺意さえ覚えた。
 電車、バス、地下鉄でも彼の馬鹿でかい声は周囲に軋轢を生み出した。会話(話し言葉)を挟んで周期的に繰り返される馬鹿笑いは、とても鋭角に延髄をとらえ、いやがうえにも暴力を誘発するのだった。
 ある時、JRの中で散々笑っていたら、中年の男にガンを飛ばされ、ムシしたらいきなり殴りかかってきた。トシコの元カレはケンカに弱く、まともにパンチをくらい、ハコの隅で泣いた。ジベタに座り込んでいる高校生からもムシされた。
 もう、イヤだ。別れようと思った。ところが、トシコの体はメガネの中年にかってに拒否反応を起こし、気がついたらカバンに入っていたハサミで相手の背中を刺していた。それがトシコと世界の構造改革の始まりだった。
 連行される車の中で「ようし、ワタシがいつか世界を総ナメにしてやる」とトシコはつぶやいた。