ファイティング原田(ハラタ)

 アカナラの並木道を早足で駆け抜ける。原田には戦う理由があった。後輩の杉山をエステに紹介したのは自分だ。嫌なら止めればいいのに通勤を続けている。
そして誰かれかまわずグチを言いまくっている。直接聞かなくたって悪いことは耳に入ってくる。
「そのうちサ、杉山からだ売るよ」
 噂なんてドンドン勝手に進んで、ブクブク沈没していく。ひどいヤツはもっと訳知りのコトを言う。
「黒幕は先輩の原田だよ」
「杉山はサ、抜けられなくて、原田に吸い取られてんだ」
 ヒトのことを吸血鬼みたいに言うヤツがいる。チクショウと思う。こっちはムリしてノーテンキの杉山をエステに入れてやったんだ。
 あそこのエロ社長にからだ触らせてまで後輩のメンドウをみた。「そのうちからだ売らなきゃならないのはこっちだよ」
 でもこのままにはしておけない。もう限界だ。あのエロ社長に杉山の労働条件を改善してもらわなきゃ引っ込みがつかない。
 ケータイに電話したら、エロ社長はスナックにいて、オンナとカラオケを歌っていた。抗議したら「オマエがお願いにくるのがスジだろう」とたしなめられた。
 ざけんじゃねぇよ。原田はちゃんとした運送会社の事務員だった。夜つきあうほどバカじゃない。そっちに行ったら、何されるか。タダでいいようにされるに決まっている。
「朝、事務所で会って下さい」と言ったら、意外にエロ社長は「いいだろう。7時までに来れば話だけは聞いてやろう」とスンナリOKしケケッといやらしい笑いをもらした。
 原田は少し動揺した。エロ社長との付き合いはそれほど深いものではない。エロ社長という呼び名も、友だちの大林がそう言っていたから言ってるだけで、カラオケスナックでお尻を撫でられたことが1回あるだけだ。大林はエロ社長と高校の時から援交していたが、就職して距離を置いていた。でも腐れ縁でたまに付き合うのだが、一対一では嫌なので、原田を連れて行った。不意にからだを触られた原田は、あまりに突然だったので、ちょっととまどった。怒るというより、びっくりした。さっきまで、ヒトのいいオヤジだったこの男が大林じゃなく、自分のお尻を触るのか。少しハゲているが、社長はさすがにビンボウ臭くはなく、ポロの濃紺のジャケットを着ていた。金ぴかの八つボタンと白いコットンシャツがちょっとキザで、ブランド負けしていた印象はあるが、それはそれでオトナの感じだった。
 大林の「コラーっ」の声に、ふと目が覚めて原田はじわーっと悔しさが込み上げてきた。「このエロ社長、どうしてくれるんだ。こっちはホステスじゃないんだよ」
 エロ社長はこういうコトに慣れているらしくすぐに謝って、なんでも言うコトを聞くと言った。原田は何を要求していいのか、さっぱり頭に浮かばず、しばらく考えた。そして後輩の杉山が勤め先を探しているのを思い出し、雇うように求めた。すかさず大林は「小遣い」を要求した。
 あのエロ社長が笑うんだから、明日の朝、事務所で何かあると疑っても当然だ。チクショウ、原田は結局バカにされているように感じた。
 何がなんでも7時の1時間前に、事務所にたどり着き、陰謀を暴いてやる。そう思った原田はとにかく早く寝て、早く起き、まだ人通りの少ない道を急いだ。