「宮田クン、オモシロイ」
さっきから杉山はそう連発するのだ。高3の時から1年ぶりで会った。JRの改札口で偶然に。宮田は学生、杉山はフリーターみたいなもの。杉山はあってはならないサギだと思っている。エステ関係の仕事なのだが、見習いだからあまり店に出してもらえない。客が少ないと早く返されてしまう。それに交通費が1日100円しかくれない。チェーン店をいくつか回されるのだが、出勤すればするほど、赤字になる。パーカーにジーンズでがまんして、月25日出勤しているのに全然金が貯まらないなんて「あってはならない」コトだ。
そんなグチをしゃべっても宮田クンはうんうんうなずくだけ。首ふり人形のような宮田クンをみてククっと笑った。「ねぇ、メを左に寄せてミィ」
宮田クンのクセはだいたいわかっている。「キミ、やっぱりかわいい」「だからメ寄せてミィ」
アイドル風のイケてる顔に似合わずヒョウキンな宮田クンは杉山のペットみたいな存在で、高3の時は杉山の言いなりだった。
宮田クンは、杉山の言うとおりやった。一瞬二重になった右目を杉山は鑑賞した。窓の外の闇。ガラスに映ったペットの目鼻立ちの良さにうっとりした。
これをイマ可愛がっている女にちょっと嫉妬した。あたりにかまわず宮田クンをじっと見つめた。4人掛けのボックス席には、二人の他に中年の男女が向かい合わせで座っている。スマシ虫にゴーマン野郎。杉山にはどちらもケッだった。
「なにハズカシがってんだよ」ちょっとうつむいた宮田クンをつっついた。ツンととがらせた唇にべっとりキスマークをつけてやりたかった。
「アゴあげてノドボトケ見せてミィ」
杉山は結局、宮田クンが自分に抵抗しないとわかっていた。宮田クンはグズグズとアゴをあげた。
懐かしいノドボトケ。杉山の中で何かが動いた。ケータイを思わず窓のところに置いて男のとんがった、骨っぽさを見つめた。
でも動揺を見せまいとしてフンと鼻で笑った。
こっちだって鼻筋やメは形いいんだから。
「前はずいぶんソコ可愛がったよね。さわってやんないよ」
裸になって宮田クンのノドボトケを存分に愛撫した高3の夏を、ちょっとだけ思い出した。
「宮田クン、前はなんともなくさわらせて喜んでたよね」
宮田クンはすぐにアゴを引いて窓の方に視線を外した。
「ところで篠原どうした」
宮田クンはいつでもどこでも何でも言うこと聞いてくれたのに、ロリ顔の篠原に乗り換えた。二股かけた末に、篠原の方から杉山に別れてくれってメールがきた。頭にきて殴ったら停学にされた。
宮田クンは何も言わず離れていった。
「学校が違うから会ってない」
初めて宮田クンははっきりモノを言った。カチンときた。
元ペットのくせに。
「宮田クン変わったね」
宮田クンは今度は杉山をまっすぐに見ていた。
「なんか宮田クンの双子の兄弟といるみたい」
宮田クンは黙っていた。他人のように感じた。
「でも人の性格ってそんなに変われるのかな。クセとかは変わってないよ」
杉山のモノローグは続く。汽車が止まって人がホームに吐き出された。
「ホラ、あのオンナ見てごらん」
窓の外を指さした杉山を宮田クンが制した。「やめろよ」
でも杉山は止めない。
「あのヒト、ホラ白いコート着ている。アレ年齢不祥オンナじゃない」
杉山は宮田クンを強引に引き込む。
「ちょっと見には中学生だけど、アレ二十歳超えてるよ」
宮田クンの同意を確認してから杉山はモノローグを止めた。杉山は宮田クンにまた会ってもこんなにしゃべることはないだろうと思った。