ハゲの弾よけ

JRに乗っていたら隣のオヤジが邪魔になった。肘を広げて本を読むオヤジの圧力で右腕が痛くなった。オヤジの体格は良く、きれいにハゲ上がった頭のてっぺんから革靴のつま先まで強固な鎧で覆われていた。まるで時代劇に出てくる古武士のように。りっぱな存在に思えた。
 そこで、今いるクソ忌々しい塹壕の弾よけになるなと考え、上官に上申した。上官は「確かにいい弾よけだが、民間人を勝手に徴用する資源のムダ使いは慎め」と不機嫌そうにたしなめるのだった。
 後ろ手に縛られ、かつてりっぱなオヤジだった存在の背中は広く、油光したハゲときれいに刈られた後頭部の毛髪とのコントラストは見事で、なお居丈高な孤高をたたえていた。
 やはりこんな所来るんじゃなかった。いや来るんじゃ中田か。「おーい、ナカタ。貴様なにブツブツ言ってるんだ。しっかりせんか」
 先任陸曹にどやしつけられてハッと目が覚めた。自分の役割を悟り、一所懸命に精進することの喜びは何にも代えがたい。
 しかし、自分の置かれた状況を把握することは重要だ。何事にも発端があって終局が来る。
 塹壕の中は寒い。たぶん発端は、2500ccクラスの車を買ったことにさかのぼる。今までは2000cc以下のセダンにしか乗ったことがなかったが、思い切って一つ上のクラスを狙うことにした。燃費は悪くなるし、税金や保険料など維持費も確実に高くなる。何よりも車両本体価格が全然違う。